<妄想>ある日の夜、羊が。
2004年 04月 29日
羊のシュレックのことを話したいと思う。
ある日の夜、いつもよりいくぶん冷えた秋の夜、シュレックは「1人で生きよう」と心に決めた。常に団体行動をとらねばならぬ羊としての宿命に、彼は昔から疑問を抱いていたのだ。羊にしては画期的なことだ。
もちろん孤独は怖かった。羊なのだ。群れたいという本能がひづめの先までしみついている。それに世間体、というものもあった。群れから離れて行動すること、群れの和を乱すことは、羊社会にあっては絶対的なタブーだ。
しかし彼は心に決めた。皆と同じ考えを持ち、皆と同じ動きをし、皆と同じ死に方をすることは、彼にはどうしても許しがたいことのように思えた。
実は、以前にも1度だけ、彼はその考えを実行に移したことがあった。羊飼いの人間と牧用犬の目を盗み、西の海辺の崖まで一匹だけで歩いていったのだ。
夕陽に染まる海をシュレックは初めて見た。こんな美しいものが世の中にあったのか。シュレックは思わず嘆息を漏らした。めえ。
強い風がシュレックの羊毛を大きく揺らした。眼下の海は低気圧の影響で激しく波立っていた。そういう風景の一つ一つが、彼には印象的に思えた。
よし、と彼は思い立った。この素晴らしい風景のことを皆に伝えよう。世界はまだ素晴らしい望みに満ちているのだということを、仲間に伝えようじゃないか。それが僕の使命だ。
けれどもその夜、群れに戻ったシュレックを待っていたのは、仲間たちからの激しい非難の声だった。
「なぜそんな危ないところに行ったんだ!」
「西の崖には行ってはいけないと、事前に勧告は出しておいたはずだ!」
「我々に迷惑をかけるな!」
具体的に誰に迷惑をかけたのか、彼にはさっぱり分からなかったが、けれどもなんだか群れじゅうの全ての羊が彼の行為にコメントしていたので、彼はもう何も言いたくなくなった。美しい夕日と、その時彼が確かに感じた未来への望みについても、彼は語るのをやめた。
要するに彼らは退屈なのだ、とシュレックは理解した。仲間どうしで群れて草を食み続けること、これが彼らの考える「世界の平和」なのだろう。しかしそれすら、結局はあの二本足の羊飼いと犬どもによって守られている閉じた世界に過ぎないということもシュレックには分かっていた。まったく、羊って奴は。
そんなことがあってから、彼は「一人で生きる」ということを真剣に考え始めた。絶望と隣り合わせの仲間たちと同じ社会に属しているなんて、もううんざりだった。
シュレックはその日からずっと、色々な計画を立て始めた。いつ出発すべきなのか、どこにいけば見つからずに済むだろうか、そして、そこで本当に生き抜くことができるのだろうか。
ある日の夜、いつもよりいくぶん冷えた秋の夜、シュレックはこっそりと旅に出た。
目指すは南の岩山だった。あそこまで行けば見張りの羊飼いはまず来ない。見つからない自信があった。そして多分、こちらの草原から見た様子からすれば、一匹の羊が生きていくには十分な草がはえているようだった。
そのようにして、彼は羊社会から姿を消した。シュレックがその後何に出会い、何を見て、何を思うのか、それは分からない。彼はもう何も語らないと心に決めたのだ。察するに、魅力的で強く激しく、時に苦痛でそれ以上に希望に満ちたかけがえのない日々が彼を待っているのだろう。
そして残された羊社会は何も変わらない。ある者は死に、すぐにそのある者の代わりとなる者が補充される。危険も恐怖も希望も未来もない毎日。
六年後にシュレックは見つかってちょっとしたニュースになる。でもこれは別の話だ。
ある日の夜、いつもよりいくぶん冷えた秋の夜、シュレックは「1人で生きよう」と心に決めた。常に団体行動をとらねばならぬ羊としての宿命に、彼は昔から疑問を抱いていたのだ。羊にしては画期的なことだ。
もちろん孤独は怖かった。羊なのだ。群れたいという本能がひづめの先までしみついている。それに世間体、というものもあった。群れから離れて行動すること、群れの和を乱すことは、羊社会にあっては絶対的なタブーだ。
しかし彼は心に決めた。皆と同じ考えを持ち、皆と同じ動きをし、皆と同じ死に方をすることは、彼にはどうしても許しがたいことのように思えた。
実は、以前にも1度だけ、彼はその考えを実行に移したことがあった。羊飼いの人間と牧用犬の目を盗み、西の海辺の崖まで一匹だけで歩いていったのだ。
夕陽に染まる海をシュレックは初めて見た。こんな美しいものが世の中にあったのか。シュレックは思わず嘆息を漏らした。めえ。
強い風がシュレックの羊毛を大きく揺らした。眼下の海は低気圧の影響で激しく波立っていた。そういう風景の一つ一つが、彼には印象的に思えた。
よし、と彼は思い立った。この素晴らしい風景のことを皆に伝えよう。世界はまだ素晴らしい望みに満ちているのだということを、仲間に伝えようじゃないか。それが僕の使命だ。
けれどもその夜、群れに戻ったシュレックを待っていたのは、仲間たちからの激しい非難の声だった。
「なぜそんな危ないところに行ったんだ!」
「西の崖には行ってはいけないと、事前に勧告は出しておいたはずだ!」
「我々に迷惑をかけるな!」
具体的に誰に迷惑をかけたのか、彼にはさっぱり分からなかったが、けれどもなんだか群れじゅうの全ての羊が彼の行為にコメントしていたので、彼はもう何も言いたくなくなった。美しい夕日と、その時彼が確かに感じた未来への望みについても、彼は語るのをやめた。
要するに彼らは退屈なのだ、とシュレックは理解した。仲間どうしで群れて草を食み続けること、これが彼らの考える「世界の平和」なのだろう。しかしそれすら、結局はあの二本足の羊飼いと犬どもによって守られている閉じた世界に過ぎないということもシュレックには分かっていた。まったく、羊って奴は。
そんなことがあってから、彼は「一人で生きる」ということを真剣に考え始めた。絶望と隣り合わせの仲間たちと同じ社会に属しているなんて、もううんざりだった。
シュレックはその日からずっと、色々な計画を立て始めた。いつ出発すべきなのか、どこにいけば見つからずに済むだろうか、そして、そこで本当に生き抜くことができるのだろうか。
ある日の夜、いつもよりいくぶん冷えた秋の夜、シュレックはこっそりと旅に出た。
目指すは南の岩山だった。あそこまで行けば見張りの羊飼いはまず来ない。見つからない自信があった。そして多分、こちらの草原から見た様子からすれば、一匹の羊が生きていくには十分な草がはえているようだった。
そのようにして、彼は羊社会から姿を消した。シュレックがその後何に出会い、何を見て、何を思うのか、それは分からない。彼はもう何も語らないと心に決めたのだ。察するに、魅力的で強く激しく、時に苦痛でそれ以上に希望に満ちたかけがえのない日々が彼を待っているのだろう。
そして残された羊社会は何も変わらない。ある者は死に、すぐにそのある者の代わりとなる者が補充される。危険も恐怖も希望も未来もない毎日。
六年後にシュレックは見つかってちょっとしたニュースになる。でもこれは別の話だ。
inspired by a true story from BBC News.
by AyatoSasaki
| 2004-04-29 19:18
| 妄想日記