知り合いの寺島さんは液晶画面の割れたノートパソコンを使っている。

 実は僕も同じ経験があるけど(買ったばかりのパソコンの画面を割ったら誰でもそうする)、寺島さんのはすごい。もう、画面の半分くらいが写らないのである。
 聞くと、昔はただのひび割れだったんだそうだ。しかし、その名の通り液晶は液なので(薄い板2枚の間にはさんであるらしい)徐々に外に漏れ出し、ひび割れの部分を中心に次第に暗くなっていったのだそうだ。網膜剥離みたいな話だ。

 でも、寺島さんは、「いや、昔はもうちょっと視野が広かったんですよ…」とか言いながら、残された「視野」を巧みに使って、ワードとかで文章を書いていた。表示エリア外のボタンなんかも、ウインドウをささっと移動させ、見える位置に持ってきて、ぽん、と押した。エクセルとかも使えていた。すごい。ITびっくり人間コンテスト、とかあったら、寺島さんは多分、予選会くらいは通過できると思う。

 寺島さんのその卓越した能力は、思うに、画面症状のゆるやかな進行にともなって長い時間かけて獲得されたものなのだろう。徐々に狭くなっていく画面に気付かず、正常な画面領域を探して作業をしていくうち、本人も知らないうちに技術が向上していったに違いない。忍者が毎日タケノコ飛び越える、という逸話によく似ている。

 この話から得られる教訓。
 (1)人間とは無限の可能性に満ちた存在である。 (2)それらの可能性は多くの場合、驚くほど何の役にも立たない方向に花開く。
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# by AyatoSasaki | 2004-03-31 01:43