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 政府公報系の宣伝広告というのは基本的には「あちゃー」というものが多いわけだけれど、麻薬・覚せい剤乱用防止センターのコピー、

「ダメ。ゼッタイ。」

は結構な人の記憶に刻み込まれた名コピーであると思う。西村知美の顔もなんか覚えてるし。

 ってなことを、ワビンさんのブログを見てて思いました。なんて言ってる間にまたひどい法律ができそうだ。もういいや、大きい会社の出すCDなんて買わねぇ。
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by AyatoSasaki | 2004-05-28 02:07 | 小ねた
a0011861_14124.jpg 少し前のことになるが、通販番組を見ていると、リアルなカニ型のバッグが売られてた。「かに道楽」の看板に似ている奴だ。

 久しぶりに見てみたらまだそのサイトがあったので紹介しておきたい。

 ここ

 半ばヤケ気味のキャプションが光る。
「海辺や夏の日を想わせる個性的なアイテム。はさみがハンドルにもなるユニークなデザインです。ストラップをしまえばポップアートのオブジェに早変わり。かに座のお友達や、お子様へのプレゼントにもオススメです。」
 ああ俺かに座じゃなくて良かった、と思う瞬間だ。 

 でも、今でも覚えているが、番組中一番困っていたのは司会とかゲストの人たちだった。

「見て下さいこの甲羅!本物そっくり!」
「うわぁ、光ってますね!」

 勢いでほめているように聞こえるが、冷静に聞いてみればひとこともほめていない。シュールなコントのようだ。

 あれはなんだろう、何かの罰ゲームとかだったんだろうか。
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by AyatoSasaki | 2004-05-27 22:18 | 小ねた

<短歌>

笑わない猫なら見たぜシチリアの礼拝堂で懺悔していた
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by AyatoSasaki | 2004-05-27 17:18 | あらら短歌

<短歌>割り切れぬ。

割り切れぬ思いは美川憲一を男だと言い切れぬがごとく
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割り切れぬ思いは残る ピーターを男だと言い切れぬがごとく
なおのこと疑問は残る KABA.ちゃんを男だと言い切れぬがごとく

などから出発したのですが最後に美川さんを選んでしまいました。縦書きに強そうで、池畑慎之介さんより若干知名度が高いかなあ、などと。

 ちょっとまだ選球眼が養われていないかもしれない。
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by AyatoSasaki | 2004-05-26 10:39 | あらら短歌
 googleで「ブログ」を検索したら2番目に!! あ、あれが!!

 ……あっという間に日本一のブログだ。(2004/5/25の段階で。)
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by AyatoSasaki | 2004-05-26 03:45 | 小ねた

<見聞>生誕30周年。

 「ジャッキー・チェン生誕50年」とかいう映画のコピーを、さっきテレビで聞いた。

 なんかありがたい感じが一瞬するが、要するにジャッキーが50歳になっただけ、ということだ。そんなんなら言わせていただくが、ささきだって今年、生誕30年である。

 「2004年はささき生誕30周年です」。お、なんかすごいじゃん。全世界にとって重大な節目の年みたいだ。

 とりあえず同じ30周年友だちであるキティちゃんやカルピスソーダを超えるつもりで羽ばたいていきたい。
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by AyatoSasaki | 2004-05-26 00:53 | 同・級・生
バナナワニ園に来たのはいいのだがワニにそれほど興味などない
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 俺がこの歌詠んじゃまずいだろう、という歌ができました。ご笑納を。
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 21:15 | あらら短歌

<短歌>風習。

人の死を忘れるためにへそを出し東を向いて笑う風習
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 どこにもいない部族の見たこともない文化習慣を勝手に妄想するのは僕の癖です。でも人の死を忘れるためのシステムって、わりとどこの民族でも持ってるようで面白い。

※「友の死を~」の方がいいかなぁ、と今ちょっと思いついた。
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 20:45 | あらら短歌

<短歌>昔話をしよう。

新宿の安アパートの猫にさえ笑われていた犬だった俺
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 18:13 | あらら短歌
時効まであと十五年 もしここで指の力をゆるめなければ(枡野浩一)
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 このブログにこのところあんまりにもひどい歌が並んでいるので、お口直しの意味でマスノ師(歌人、宗教的指導者)の歌を鑑賞してみましょう。

 マスノ師の歌には、すごく前向きになれる歌、なんというか重い荷物をひととき岩の上に置いたときのような心のプチ開放を味わえる歌が多いわけだが、時折、人間のもっとダークな部分、嫌な匂いのする闇が切り取られている作品を見ることができる。冒頭の歌はその「闇」のほうだと思う。

 一番はじめにこの歌を見たとき、反射神経の悪い僕には、正直、ピンと来なかった。「死刑に当たる罪に関しては時効は十五年」とかいう知識が、僕の中では常識ではないのだ。(どうでもいいのだが、もっと軽いほうの時効のほうに個人的に馴染みがある。)

 でもこの歌の詠んでいる状況がわかってきてしまうと、じっとりとした緊張感がまるでいつかどこかで体験した自分自身の過去であるかのように感じられてくる。

 そうだこれは僕自身の記憶なのだ。

 熱くなってつい暴力を振るっていたのか、あるいは計画的なことだったのかはもう思い出せないけれど、気がつくと僕は女の首を締めている。
 当時付き合っていたなんだか妙にひょろ長いだけの女。彼女の白く細い首を、浅黒い男の両手ががっちりと締め上げているのが見える。どうやらその腕は僕自身の腕のようだ。
 苦しげなうなり声、必死の抵抗を試みる女。唇の周りには唾液のような胃液のような黄色く濁った泡が飛び散っている。なんて醜いんだ。
 そんな刹那に女と目が合う。血走った、けれどどこかで僕を優しく説得しようとするようなまなざし。
 そのまなざしに照らされ、僕は一瞬、我に返る。僕は冷静になることができるだろうか? この衝動をきちんと鞘に戻せるだけの理性を持ち合わせているだろうか?
 ……時効まであと十五年。もしここで指の力をゆるめなければ。

 というような出来事がみなさんの過去に本当にあったんじゃないかと錯覚するほどに生々しい歌だと思いませんか?

 好き、というのとはちょっと違うかもしれないけれど、体に、たぶん、指の筋肉あたりに残留してしまう不思議な魅力を持った歌だと思う。

「ますの。―枡野浩一短歌集」実業之日本社(1999)より無断引用すみません)

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by AyatoSasaki | 2004-05-25 11:12 | あらら短歌