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「交通バリアフリー法」によって僕の生活範囲のほとんどの駅にエスカレーターやエレベーターが設置されてきているのはいいのだが、それによって確実に健康が蝕まれているような気がする。僕の。
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by AyatoSasaki | 2004-04-30 18:40 | 小ねた
 さっきファーストフード店に行ったのだが、二枚のハリガミがうまい具合に重なっちゃって、

「食品アレルギーのご心配のある方は、両替はご遠慮いただいております。」

ってなってた。

 店員のスマイルに潜む冷徹な差別意識を感じてみたりする僕は今日も妄想家です。
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by AyatoSasaki | 2004-04-30 18:07 | 小ねた
誰一人わたしを知らない場所に行き 少女マンガの恋をするのだ(吉見マキ)
swingより無断転載ごめん。


 枡野さんのブログのトラバ投稿をたどっていって発見したキュートな歌。「恋を夢見て何が悪いさ!」という女の子の強い気概のようなものを感じる。「負けるな一茶ここにあり」の現代語訳なのかもしれない。

 男だが、しかも30だが、元気になったような気がします。吉見さんありがとう。
 他の歌も好きですけど、「笑点」で笑えるのが3年に1度くらいの僕には毎日がどよんと重くなる歌です、アレ。
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by AyatoSasaki | 2004-04-30 15:42 | あらら短歌
結局カニなのかよ!
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by AyatoSasaki | 2004-04-30 14:07
 さーくる、さーくる、さーくるげ、え、むっ♪

 よいこのみんな、元気かな? ドカンで暮らしちゃいけないよ!
 今日はワニのかっこをした ささきのおじさんが、みんなに面白いゲームを教えてあげよう! 教えてほしくない? (オクターブ下がり)うるせぇ、黙って聞きくされやこのガキゃぁ。(元の笑顔に)はい、静かになったね。じゃあ始めようか!

 その名も、「エキサイトブログつなぎゲーム」、略して「えきつな」だよ。ルールは簡単。

<ルール概要>
・好きな「エキサイトブログ(exblog.jpで終わるアドレスのブログ)」のサイトからスタートします。
・そのブログの端にある「エキサイトブログ」と書かれているリンク集から、好きなブログを一つ、クリックします。
・次のブログでも、上と同じ事をします。
・それを繰り返して、何ブログつながるかを競います。

<ルール詳細>
・既に行ったことのあるブログに二度行ってはいけません。(訪問したことのあるブログはだいたい色が変わってるはずなのでわかります)
・途中、「エキサイトブログ」のリンク集を作っていないサイトについたら、ゲームオーバー。

<コツ>
・上の方にあるブログは、古くから開設されているので、「エキサイトブログ」に多くのブログを登録しているようです。有利かも。
・エロブログっぽいヤツはリンク集を用意してない可能性が多い。


 僕はさんざんやって8ブログまででした。10ブログ超えた方、そのルートも含めてお知らせ下さい。
 (あとでブラウザの履歴を見れば、結果はわかりやすいですよ。)
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by AyatoSasaki | 2004-04-29 21:18
 羊のシュレックのことを話したいと思う。

 ある日の夜、いつもよりいくぶん冷えた秋の夜、シュレックは「1人で生きよう」と心に決めた。常に団体行動をとらねばならぬ羊としての宿命に、彼は昔から疑問を抱いていたのだ。羊にしては画期的なことだ。

 もちろん孤独は怖かった。羊なのだ。群れたいという本能がひづめの先までしみついている。それに世間体、というものもあった。群れから離れて行動すること、群れの和を乱すことは、羊社会にあっては絶対的なタブーだ。

 しかし彼は心に決めた。皆と同じ考えを持ち、皆と同じ動きをし、皆と同じ死に方をすることは、彼にはどうしても許しがたいことのように思えた。

 実は、以前にも1度だけ、彼はその考えを実行に移したことがあった。羊飼いの人間と牧用犬の目を盗み、西の海辺の崖まで一匹だけで歩いていったのだ。
 夕陽に染まる海をシュレックは初めて見た。こんな美しいものが世の中にあったのか。シュレックは思わず嘆息を漏らした。めえ。
 強い風がシュレックの羊毛を大きく揺らした。眼下の海は低気圧の影響で激しく波立っていた。そういう風景の一つ一つが、彼には印象的に思えた。
 よし、と彼は思い立った。この素晴らしい風景のことを皆に伝えよう。世界はまだ素晴らしい望みに満ちているのだということを、仲間に伝えようじゃないか。それが僕の使命だ。

 けれどもその夜、群れに戻ったシュレックを待っていたのは、仲間たちからの激しい非難の声だった。

「なぜそんな危ないところに行ったんだ!」
「西の崖には行ってはいけないと、事前に勧告は出しておいたはずだ!」
「我々に迷惑をかけるな!」

 具体的に誰に迷惑をかけたのか、彼にはさっぱり分からなかったが、けれどもなんだか群れじゅうの全ての羊が彼の行為にコメントしていたので、彼はもう何も言いたくなくなった。美しい夕日と、その時彼が確かに感じた未来への望みについても、彼は語るのをやめた。
 
 要するに彼らは退屈なのだ、とシュレックは理解した。仲間どうしで群れて草を食み続けること、これが彼らの考える「世界の平和」なのだろう。しかしそれすら、結局はあの二本足の羊飼いと犬どもによって守られている閉じた世界に過ぎないということもシュレックには分かっていた。まったく、羊って奴は。

 そんなことがあってから、彼は「一人で生きる」ということを真剣に考え始めた。絶望と隣り合わせの仲間たちと同じ社会に属しているなんて、もううんざりだった。
 シュレックはその日からずっと、色々な計画を立て始めた。いつ出発すべきなのか、どこにいけば見つからずに済むだろうか、そして、そこで本当に生き抜くことができるのだろうか。

 ある日の夜、いつもよりいくぶん冷えた秋の夜、シュレックはこっそりと旅に出た。
 目指すは南の岩山だった。あそこまで行けば見張りの羊飼いはまず来ない。見つからない自信があった。そして多分、こちらの草原から見た様子からすれば、一匹の羊が生きていくには十分な草がはえているようだった。

 そのようにして、彼は羊社会から姿を消した。シュレックがその後何に出会い、何を見て、何を思うのか、それは分からない。彼はもう何も語らないと心に決めたのだ。察するに、魅力的で強く激しく、時に苦痛でそれ以上に希望に満ちたかけがえのない日々が彼を待っているのだろう。
 そして残された羊社会は何も変わらない。ある者は死に、すぐにそのある者の代わりとなる者が補充される。危険も恐怖も希望も未来もない毎日。


 六年後にシュレックは見つかってちょっとしたニュースになる。でもこれは別の話だ。

inspired by a true story from BBC News.

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by AyatoSasaki | 2004-04-29 19:18 | 妄想日記
 飯田和敏さんがブログを始めた。今後が楽しみだ。

 飯田さん(通称ワビンさん)は、「巨人のドシン」というゲームを作ったクリエイタなので、知っている人もいるんじゃないかと思う。「べりべり」の薄い読者層の中でゲームに詳しい人がいるかどうか、僕には自信がないけれど。

 僕がこの人のファンになったのは、「太陽のしっぽ」というゲームからだった。

 このゲームは、原始時代の世界が舞台だ。プレイヤーは1人の原始人になって、こん棒片手に、うほうほ、うほうほと世界を走りまわる。レベルアップして乗り物が登場することもないし、あまり走りすぎるとすぐに疲れる。

 一応の目的はマンモスの牙を集めることだ。世界の色々なところにマンモスが生きていて、あるいはその牙が落ちていて、それを拾って自分の村に持ちかえる。持ちかえると自分の家族が(成長するごとにだんだん増えてくる)、歓迎の儀式のようなことをしてくれる。

 牙を探すために、海に潜ったり、マンモスと戦ったりして、プレイヤーはよく死んでしまう。死ぬと、自分の村の新しい若者(じゃなくてもいいけど)を新たに選び、冒険を始める。

 このゲームの魅力の一つは、「言葉がない」ところだろう。同じくワビンさんの傑作「アクアノートの休日」にも同じことが言えるのかも知れないが、アイテムからもマップからも主人公からも、かなり徹底して「言葉」が奪われている。
 イメージとしては、3年前のグアム旅行、じゃないや、「2001年宇宙の旅」の類人猿いっぱいのオープニングに似ているかもしれない。言葉がない。文明もない。そんな世界がずっと続くゲームなのだ。
 主人公の健康状態は、アホ臭い数字なんかでも体力ゲージなんかでもなく主人公の顔色で表される。突然知らない村の人とばったりあったりもするが、言葉がわからないので情報交換もしない。相手が殴ってきたら殴り返す、とか、突然見知らぬ女性に愛される、とか、コミュニケーションの不確かな原型のような行為しか、そこには存在しない。

  *  *  *

 このゲームをやっていた頃、僕はある女の子の「ヒモ」をやっていた。
 一応学生という肩書きはあったものの学校には行きもせず、バイト程度の仕事はしていたが食えるだけの金は手に入らない。とにかく何一つままならない時期だった。
 そんな中、年上の彼女の家に転がり込んだ僕は、家事もせず、ただひたすらにプレステをやって一日を過ごしていた。どう考えても最低な男の生き方である。彼女には謝っても謝りきれない。

 彼女が仕事に行っている間、僕はこの「太陽のしっぽ」で遊んでいることが多かった。未知の島を求めて果て無き海の底を息を止めて歩いた。うほうほ、うほうほ。食糧のない真っ暗な洞窟を、出会えるかもしれない「何か」のためにさまよった。うほうほ、うほうほ。言葉のない世界に埋没することで、言葉だらけの外の世界のことを忘れようとしていたのかもしれない。

 そんな風にして、マンモスの牙がもう十分過ぎるくらいにたまった頃、ゲームは突然エンディングを迎えた。塔のように高く積みあがったマンモスの牙が、「太陽のしっぽ」まで届いたのかもしれない。
 エンディングを迎えると、僕は唐突に、今置かれている僕の現実を認識することになった。

 この閉め切った部屋で君は、何ヲ浪費シテイルノカナ?
 電気代、時間、わずかばかりのカロリー。
 いや違うね、もっとものすごい何かを、今君ハ大量ニ無駄遣イシテシマッテイルネ?

 総毛立つ恐怖を感じる午後四時。言葉は続く。

 トリカエセルノカナ?

 別にエンディングにそう書かれている訳じゃない。僕がそのように感じただけだ。
 エンドロールが終わると、僕の生きていたその「ワビン式」原始時代は急にただの、テレビ画面の中のちっぽけなゲーム画面に変わってしまっていた。僕はもう、その甘くとろけるような、冒険に満ちた世界、言葉の要らない世界を、完全に失ってしまったのだ。いや、たぶん、そんな世界は最初からなかったのだろう。少なくとも僕はそこの住人なんかじゃない。お前の住民票は杉並区に置かれているのだよ。

 女の子と別れたのはそれから間もなくだったと思う。彼女には気の毒だが、僕は完全に交換しなければ修復ができないほど人生に傷をつけてしまっていたのだ。

 実はそこからさらにもっとひどいぬかるみに僕は入っていくことになるのだが、そんなことはまだ分からなかった。

  *  *  *

 ともかく、飯田ワビンさんがブログを始めた。今後がとても楽しみだ。
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by AyatoSasaki | 2004-04-29 15:30
 マスノ師のブログに「ワニ歌」をトラックバックするたびにここのアクセス数が激増することがわかった。他の歌を投稿してもほとんど伸びない。
 ここを見ている人には「そんなん当たり前やん!」なのかも知れないが僕の気持ちは微妙である。僕は世間的にはいまワニの人だ。ああハムの人別所哲也、俺にはお前の苦悩がよく分かるぜ。

 僕は別にアクセスアップやウケ狙いのためにワニを詠うわけではないのだ、とここで名言しておきたい。僕はワニを詠いたいときにワニを詠う。気障に決めたつもりがしょせんワニだ。

 それに今週は自分の中のワニ汁をいささか放出しすぎたような気がする。もう粉しか出ないです。ごめんなさい疲れ過ぎてていま最低な下ねたを言いました。

 どうでしょうかみなさん。

A:ワニあってのささきだ。
B:ワニじゃないささきもみたい。
C:ワニじゃない歌にも全部ワニ臭がしている。
D:もうかんたん短歌はおよしになって。
E:てめえのブログなんざどーだっていーんだよこのワニが!

 コメント欄に回答待つ。多数決に従う気はないのだがね。僕はワニを詠いたいときにワニを詠う。気障に決めたつもりがしょせんワニだ。
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by AyatoSasaki | 2004-04-28 18:52
悲しむな 泣くな へこむな なまはげが「泣ぐ子いねが」と夢を襲うぜ

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 僕は、人をなぐさめるのがすごく苦手である。あ、ヤラシイ意味でないよ、念のため。じゃあそっちの方は得意なのか、と言われるとつらいんだけど。

 頭では分かってる。じっと真剣に話を聞いたり、「うん、うん、そうだよね…。」とひたすらに同意したり、時にはガツンと言ってやったりすればいいんだと思う。

 でも、できないんだねぇ。

 まず、基本的に、おろおろする。目の前で人が悲しんでいると、僕なんて彼女のカナシミには100%無関係なのに、まるで自分のせいで彼女が悲しんでいるんだと錯覚して、僕がなんとかしなきゃ、と無駄な責任感を燃えたぎらせてしまう。

 でも、もちろん自分は悪くないから、僕が何を言ったところで、彼女のカナシミはおさまらない。そりゃそうだ。時が解決するたぐいの心の揺れなのだ。

 で、そのうち、思うように立ち行かなくなった僕はストレスを感じ、ムキになり、自分オリジナルのなぐさめ方を開発しようと、不毛な努力を開始する。僕の開発したその斬新な方法でなら、彼女はすっかり元気になって僕の方を見て笑ってくれるんじゃないかと。「ありがとう、おかげで元気になれた。」とかなんとか言って、キスの一つでもしてくれるんじゃないかと。

 男って、馬鹿ねぇ。っていうか、僕って、ねぇ。

 まあもちろんそんなハッピーエンドは僕の妄想で、現実は、突然謎の言葉を吐き始める目の前の男を見て、彼女は「こいつはほんとに自分のことを大切に思ってるのだろうか?」という根源的な疑問を心に浮かべ始めるのだ。今まで悩んでいたカナシミも忘れて。
 そうか、そういう意味では僕の作戦は成功したと言えるのかもしれない。かなり被害は甚大なのだけれども。

 えぇと、上の「なまはげ」の歌は、恐ろしいことに、僕の中では、「元気を出してよ、ね?」という応援歌のつもりです。もっと恐ろしいことに、僕は実際にこういう意味の言葉で女の子を励まそうとしたことがあります。
 もちろん失敗に終わりました。誰がこんな、夢見が悪くなる呪いの言葉を聞いて励まされるものか。

 自分の作ったものに自分で解説を加えたりするのは照れくさくて好きではないのだけれど、あれは呪いの言葉なんかじゃなかったんだよ、という弁解をどうしても言いたかったので、蛇に足など書き足してみました。

 ほんとはこれが、9年前に言えてれば良かったんだけどね。


 「かなしみ」が今月のお題なんだよね? ワニの次にはなまはげですか

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by AyatoSasaki | 2004-04-28 02:55 | あらら短歌

<名前>疑問。

 イチローという苗字の日本人はいない、ということを知っているアメリカ人はどれくらいいるのだろうか。
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by AyatoSasaki | 2004-04-27 21:50 | 小ねた