カテゴリ:あらら短歌( 59 )

<短歌>割り切れぬ。

割り切れぬ思いは美川憲一を男だと言い切れぬがごとく
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割り切れぬ思いは残る ピーターを男だと言い切れぬがごとく
なおのこと疑問は残る KABA.ちゃんを男だと言い切れぬがごとく

などから出発したのですが最後に美川さんを選んでしまいました。縦書きに強そうで、池畑慎之介さんより若干知名度が高いかなあ、などと。

 ちょっとまだ選球眼が養われていないかもしれない。
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by AyatoSasaki | 2004-05-26 10:39 | あらら短歌
バナナワニ園に来たのはいいのだがワニにそれほど興味などない
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 俺がこの歌詠んじゃまずいだろう、という歌ができました。ご笑納を。
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 21:15 | あらら短歌

<短歌>風習。

人の死を忘れるためにへそを出し東を向いて笑う風習
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 どこにもいない部族の見たこともない文化習慣を勝手に妄想するのは僕の癖です。でも人の死を忘れるためのシステムって、わりとどこの民族でも持ってるようで面白い。

※「友の死を~」の方がいいかなぁ、と今ちょっと思いついた。
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 20:45 | あらら短歌

<短歌>昔話をしよう。

新宿の安アパートの猫にさえ笑われていた犬だった俺
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 18:13 | あらら短歌
時効まであと十五年 もしここで指の力をゆるめなければ(枡野浩一)
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 このブログにこのところあんまりにもひどい歌が並んでいるので、お口直しの意味でマスノ師(歌人、宗教的指導者)の歌を鑑賞してみましょう。

 マスノ師の歌には、すごく前向きになれる歌、なんというか重い荷物をひととき岩の上に置いたときのような心のプチ開放を味わえる歌が多いわけだが、時折、人間のもっとダークな部分、嫌な匂いのする闇が切り取られている作品を見ることができる。冒頭の歌はその「闇」のほうだと思う。

 一番はじめにこの歌を見たとき、反射神経の悪い僕には、正直、ピンと来なかった。「死刑に当たる罪に関しては時効は十五年」とかいう知識が、僕の中では常識ではないのだ。(どうでもいいのだが、もっと軽いほうの時効のほうに個人的に馴染みがある。)

 でもこの歌の詠んでいる状況がわかってきてしまうと、じっとりとした緊張感がまるでいつかどこかで体験した自分自身の過去であるかのように感じられてくる。

 そうだこれは僕自身の記憶なのだ。

 熱くなってつい暴力を振るっていたのか、あるいは計画的なことだったのかはもう思い出せないけれど、気がつくと僕は女の首を締めている。
 当時付き合っていたなんだか妙にひょろ長いだけの女。彼女の白く細い首を、浅黒い男の両手ががっちりと締め上げているのが見える。どうやらその腕は僕自身の腕のようだ。
 苦しげなうなり声、必死の抵抗を試みる女。唇の周りには唾液のような胃液のような黄色く濁った泡が飛び散っている。なんて醜いんだ。
 そんな刹那に女と目が合う。血走った、けれどどこかで僕を優しく説得しようとするようなまなざし。
 そのまなざしに照らされ、僕は一瞬、我に返る。僕は冷静になることができるだろうか? この衝動をきちんと鞘に戻せるだけの理性を持ち合わせているだろうか?
 ……時効まであと十五年。もしここで指の力をゆるめなければ。

 というような出来事がみなさんの過去に本当にあったんじゃないかと錯覚するほどに生々しい歌だと思いませんか?

 好き、というのとはちょっと違うかもしれないけれど、体に、たぶん、指の筋肉あたりに残留してしまう不思議な魅力を持った歌だと思う。

「ますの。―枡野浩一短歌集」実業之日本社(1999)より無断引用すみません)

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by AyatoSasaki | 2004-05-25 11:12 | あらら短歌
「そんなことない」と口にはしてみたが最後の「。」をつけられぬ夜
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 02:01 | あらら短歌

<短歌>

冷めた目で嘘の笑いをする父が哀しいわけはワニが知ってた
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by AyatoSasaki | 2004-05-25 01:48 | あらら短歌

<短歌>見られた。

路地裏でにやりと笑う黒猫に僕の行為をすべて見られた
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 なんかマスノ師の文体に似てしまったけど、しっくりきた感じがしたのでここで止めます。
 前作の「路地裏の猫がニタリと僕を見る「全部見てたぜ」そんな笑いだ」に比べて「嫌な感」をより感じてもらえれば。枡野先生、改作成功だと思いません? だめでしょか?

 たぶん僕はこれから黒猫を殺りに行きますね。唯一の目撃者ですから行為の。すべて見られちゃってますから行為を。……行為?
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by AyatoSasaki | 2004-05-24 04:05 | あらら短歌
元妻と同じ名前というだけで敵だと思うことにしている
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 短い期間の割には離婚をネタにした歌を詠んできている。これで実は夫婦円満、とかだったら結構かっこいいと思うんだけど、まあ残念ながらそんなことはない。
その節は 指輪の形をした嘘が君を悲しませました ごめん
 という歌は、気に入ってはいるけれど、はっきり言って正直な気持ちではない。よほど自分に問題がない限り、そしてそれを自覚できていない限り、謝る気になんかなれないものだ。男というのはそういう風に女々しい生き物なのだ、といつも思う。

 この記事の冒頭の歌を短い言葉にまとめれば「未練」になってしまうのだろう。もちろん、
愛妻を待ち受け画像にする竹田 微笑ましいぜ ゲロ吐いてやる
も「未練」の歌だ。

 だめ人間がだめな風にしか過去を処理できない、という姿は哀しい。哀しいが、近くにはいてほしくない。それもだめ人間の特徴だ。

 僕がそうだ。
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by AyatoSasaki | 2004-05-24 01:27 | あらら短歌

<短歌>だるま。

笑わなくなった君との半年でだるま貯金は使い果たした
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 実は同じ沿線で生活しているらしいマスノ師の文章を読んでいると、ときどき、厭世的というわけでもないけれど、「あれ、師匠、弱ってません?」みたいな瞬間を目にすることがある。これもマスノ師のテクニックなのかもしれないが。

 先週の私はまちがっていました。
 常連ばかりで何が悪いの? むしろ常連さんが生まれてくれたことに感謝すべきだったのに……。
 いずれにせよ人はいつか「自分はもう枡野浩一を卒業した」などと笑顔でうそぶき、私のもとから去っていくのですから。結局だれもがひとりで生きていくのですから。


 大丈夫です、僕はどこまでもついていきますよ先生! 僕も新人出てきてほしいです! ……と言いたいところだが、たぶん僕にそんなことを言ってほしいわけではあるまい。何せ僕の歌といえば、

 今回:猫を殺す歌、
 前回:ゲロを吐く歌、
 前々回:犬が死ぬ歌、

だ。僕だったら絶対こんな人に後ろからついてきてほしくない。(他の人はちゃんときれいな歌を詠んでいる、もちろん。)
 しかも今月のテーマは「笑い」だったのだ。なぜそのテーマで猫とか犬が死ぬ? 己の心の歪みを実感する新緑の季節である。

 マスノ師は6月までの契約でブログをやっているようで、続けるのは「ままならない」と明言されている。でもせめてあと3ヶ月くらいは延長してほしい。このままだと僕は「枡野浩一を卒業できぬまま永遠に休学している人」になってしまうような気がする。
 せめて退学の烙印を押してから去っていってほしい。
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by AyatoSasaki | 2004-05-23 15:16 | あらら短歌