<短歌>師匠の歌を紹介してみよう。

時効まであと十五年 もしここで指の力をゆるめなければ(枡野浩一)
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 このブログにこのところあんまりにもひどい歌が並んでいるので、お口直しの意味でマスノ師(歌人、宗教的指導者)の歌を鑑賞してみましょう。

 マスノ師の歌には、すごく前向きになれる歌、なんというか重い荷物をひととき岩の上に置いたときのような心のプチ開放を味わえる歌が多いわけだが、時折、人間のもっとダークな部分、嫌な匂いのする闇が切り取られている作品を見ることができる。冒頭の歌はその「闇」のほうだと思う。

 一番はじめにこの歌を見たとき、反射神経の悪い僕には、正直、ピンと来なかった。「死刑に当たる罪に関しては時効は十五年」とかいう知識が、僕の中では常識ではないのだ。(どうでもいいのだが、もっと軽いほうの時効のほうに個人的に馴染みがある。)

 でもこの歌の詠んでいる状況がわかってきてしまうと、じっとりとした緊張感がまるでいつかどこかで体験した自分自身の過去であるかのように感じられてくる。

 そうだこれは僕自身の記憶なのだ。

 熱くなってつい暴力を振るっていたのか、あるいは計画的なことだったのかはもう思い出せないけれど、気がつくと僕は女の首を締めている。
 当時付き合っていたなんだか妙にひょろ長いだけの女。彼女の白く細い首を、浅黒い男の両手ががっちりと締め上げているのが見える。どうやらその腕は僕自身の腕のようだ。
 苦しげなうなり声、必死の抵抗を試みる女。唇の周りには唾液のような胃液のような黄色く濁った泡が飛び散っている。なんて醜いんだ。
 そんな刹那に女と目が合う。血走った、けれどどこかで僕を優しく説得しようとするようなまなざし。
 そのまなざしに照らされ、僕は一瞬、我に返る。僕は冷静になることができるだろうか? この衝動をきちんと鞘に戻せるだけの理性を持ち合わせているだろうか?
 ……時効まであと十五年。もしここで指の力をゆるめなければ。

 というような出来事がみなさんの過去に本当にあったんじゃないかと錯覚するほどに生々しい歌だと思いませんか?

 好き、というのとはちょっと違うかもしれないけれど、体に、たぶん、指の筋肉あたりに残留してしまう不思議な魅力を持った歌だと思う。

「ますの。―枡野浩一短歌集」実業之日本社(1999)より無断引用すみません)

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by AyatoSasaki | 2004-05-25 11:12 | あらら短歌