<日常>ムナカタ君ちょっといい話。

(ムナカタ君は色白で虚弱体質な僕の友人で、ここでも既に何回かにわたって*1 *2彼を紹介しているのだが、タイ在住の若い男である。)

 ムナカタ君が諸国遍歴の旅に出たのは、彼が16の時である。普通の人なら初恋の一つや二つ経験して、就職とか大学受験とか、そういう漠然とした不安とオトナ社会への好奇心とがぐちゃぐちゃになって悶々としている時期だ。

 はじめは、ムナカタ君だって、大学進学を夢見る真面目な高校生だった。都内の進学校でかなり優秀なほうの人間が集められたクラスに所属していた彼は、国立大学だって簡単に狙えるくらいの優秀な成績だったのだ。

 でも、それとは別に、ムナカタ君はとても友達を大切にする男だった。自分の成績のために友人関係を犠牲にするような他のクラスメート達が、彼は大嫌いだった。
 だから、彼の所属する山岳部の友達と彼はかなり親しく付き合った。時には酒を飲みながら語り明かした。

 そしてある時、ムナカタ君たちはつかまった。友達と一緒に煙草を吸っているところを、先生に見つかってしまったのだ。ムナカタ君の学校は校則の厳しいことで知られる学校で、喫煙が見つかると、それは即退学を意味していた。今の僕からしてみると、なんてくだらないルールなんだと飽きれてしまうのだけれど、彼の所属するゆがんだ世界においては、それは一つの明確な真理だった。

 ところがそこで奇妙なことが起こった。二週間後に母親とともに教師に呼び出されたムナカタ君は、彼らに高校への復帰を持ちかけられたのだ。何より奇妙なことに、そのように復帰を求められたのは、ムナカタ君だけだった。他の友達は、問答無用に放校処分を受けていたのに。

 ムナカタ君にはそのことが理解できなかった。だからその場で、目の前の教師に聞いた。
「それは、僕だけ特別に、ということですか?」
 そうだ、という風に教師たちはうなずいた。
「それはつまり、僕が進学組で、彼らはそうじゃないから、ということですね?」
 そうだ、という風に教師たちはもう一度、うなずいた。

 ふう、なんてこった、とムナカタ君は思った。彼らはみんな、「○○大学合格○名!」のためだけに僕を利用したいのだ。それが僕のためだとかなんとか適当な理由をこじつけて。

 ムナカタ君はそのあとしばらく、黙って虚空を眺めていたという。教師たちから見たら、若く優秀な頭脳の高校生が、人生の岐路に立ち、悩んでいるように見えたに違いない。けれどムナカタ君は、もうほんとに、ただほんとに、目の前の馬鹿な生き物たちのやり方にうんざりしていただけだった。

 できるだけ早く、どこか遠くの場所に行きたかった。馬鹿で不公正で尊大で厚顔無恥な大人たちを見ずに済む場所に。

   * * *

「今思えば、若気の至りって感じがします。」ムナカタ君は僕にそう言った。バンコクの、ムナカタ君のマンションのベランダに僕らはいた。深夜になってようやく涼しくなってきた風を浴びながら、僕らは二人で、煙草とかいろんな葉っぱを吸ったりしながら、のんびりと昔話を披露しあっていたのだ。
「退学届叩きつけて、それからもう、すぐに日本を飛び出しちゃったんですけど、しばらく旅をしてたら、途中からめちゃめちゃ後悔しはじめましたね。そこからは後悔を忘れ去るための旅でした。」
「まぁ確かに、高校生の選択にしては大胆だよね。」と僕は正直に認めた。教師に引き止められたのに友人と一緒に高校を辞めるなんて、ちょっとすごい。少なくとも僕には絶対真似できない。
「別にそこで男気出す必要なかったんです。」ムナカタ君は続けた。「他の友達は就職組なんで、学歴とかあんまり関係ないんですよ。結局一番損しちゃったのは僕なわけで。」
 ははは、と僕は声を出して笑った。方向性は正しいし筋も通っているのになぜか一人だけ貧乏くじを引く、というのが、ムナカタ君の人生のパターンなのだ。
「ムナカタ君らしいね。」とだけ僕は言った。

  * * *

 ところで、実のところ僕とムナカタ君は、二股に分かれた枝のような関係だ。東京都内に生まれ、同じクラスの家庭で育った。同じようなレベルの高校に通い、同じような成績だった。友達づきあいは得意なのだけれどどこか孤独に見られがちで、友人からは距離を置かれていた。子どもの頃から本ばかり読んでいて、文章を書くのが好きだった。16の歳、ムナカタ君が高校を辞めるまで、僕らの人生は、コピー機にかけたみたいに驚くほどそっくりなものだった。

 だからもし、彼が高校を辞めなければ彼は僕のようになっていると思う。東京のまあ名の知られた大学に入って、でもそのあまりに狭い世界にうんざりして、学外でバイトのように仕事を始めたらそっちのほうが面白くなっちゃって、大学を辞めるのだ。
 もし、僕にもう少し男気があったなら、高校を辞めた僕は諸国遍歴の旅を終えた後、タイで見つけた美人の彼女と二人で、バンコクで高層マンション借りて優雅に暮らしているのだろう。

 短く言っちゃえば、ムナカタ君は僕にとっての「可能的現実」だし、彼にとっては僕こそが「あり得べき別の人生」というわけだ。

 そんな二人の人生があるとき再びクロスオーバーする不思議。
 それもバンコクの、猥雑な街角の飲み屋で唐突に起こる不思議。



 そういうのも含めて僕はバンコクやムナカタ君がとても好きです。
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by AyatoSasaki | 2004-04-18 21:34