<妄想>もしも僕らが爬虫類だったなら。

 彼女がちょっと出かけているとき、家でぼんやりとテレビを見ながら、僕はちょっとだけ妄想してみる。
 もしも僕らが爬虫類だったら、もうちょっと楽しい人生だったんじゃないかなあ、と。そんな妄想で時間をつぶすのは、僕の数少ない趣味のひとつなのだ。



 まず、年に一回、脱皮をすることになるのだと思う。
 夏の暑い時期かなんかに、体中が猛烈に痒くなり、思わずぼりぼりとかきむしってしまう。すると、二の腕あたりの皮膚が、ある日突然ぼろっと剥けたりする。ぺりぺりぺり、と音を立てながら、腕、肩、胸、背中、下半身まで一気に皮が脱げる。顔はすっぽりと、まるで半透明のお面をはずすように脱皮できた。なんか気持ちいいけど、他人が見たら気持ち悪いんだろうな。

 食べ物は基本的に丸飲み。歯、というか牙みたいな奴しかないから、あんまりうまく咀嚼ができないのだ。下あごは立派に発達していて、まあ大人だったらキャベツ一個くらいなら簡単に飲み込める。

 もちろん、食べ終わった後は食休みだ。何時間も、ぼけーっとしながら、じっと胃酸が食物を溶かし終えるのを待つ。DVD見たり、友達と携帯で長話したりして過ごすことが多いから、別に退屈じゃない。

 それに、爬虫類だから、そんなに毎日ご飯を食べなくちゃいけないってわけでもない。だいたい三日にいっぺんくらいでいい。

 秋口には冬眠の準備をしたい。東京の冬は寒いので、秋に食べるだけ食べて僕らは3月くらいまで家の中で寝て過ごす。お金のある人たちは、暖房をつけっぱなしにして冬眠しないで遊んだり働いたりするけれど、僕みたいな貧乏ライターなんかは光熱費も食費も馬鹿になんないんで数ヶ月寝てしまう。
 もちろん冬眠中に会社を解雇してはならない、という条項が労働基準法の中に明記されているから、僕らは安心して冬眠するのだ。

 ああそうそう、春が来て目が覚めても、まだ急に冷え込む夜がある。飲み屋でちょっと遅くまで飲んじゃったりして、店がしまったらもう絶望的だ。家に帰る途中で寒くて固まってしまうかもしれない。春先のこの時期なんかは、酔っ払って固まっちゃったサラリーマンが道端にごろごろと寝ている。彼らはもう、太陽が自分の体を温めてくれる10時くらいにならないと目を覚ますことはない。昔は今みたいに世知辛い世の中ではなかったらしくて、朝、自分の家の前で転がっている人にお湯をかけて起こしてあげる親切なおばちゃんとかが必ずいたもんだけど、今は他人には無関心な時代。だいたいそういうサラリーマンは午前中欠勤、ということになる。

 ちなみに、死ぬまで体は成長し続けるのも爬虫類の特徴だ。僕のじいちゃんは85歳で死んだけれど、その時の身長は3メートルを超えていた。でも森繁なんてもう4メートル超えてるからね、大したことないんだと思う。

 来月、5月くらいになると、待ちに待っていた季節がやってくる。この季節になると、男も女も、たまらなく解放的な気分になってくる。

 そう、発情期だ。

 6月を過ぎたら女も男も性欲がまったくなくなってしまうから、僕らはここで一年分の恋をする。彼氏、彼女がいるカップルは、この時期、街では見かけることはない。だって、朝から晩までずっと二人だけでいるから。

 僕のように特定の相手がいない連中は、特に4月は、必死になる時期だ。毎日毎日、相手を探して街をさ迷い歩く。少しでも体が大きい奴、強い奴が女の子にはもてるみたいで、街はちょっとした戦場のようになっている。喧嘩やいさかいも絶えない。
 そういうのをかいくぐってかわいい女の子を捕まえられたからって、安心はできない。数ヶ月もすれば、彼女たちは白くて真ん丸い卵を何個も産むのだ。

「この子、みんなあなたと私の大切な子供なんだから、一緒に仲良く育てていこうね!」なんて笑顔で言われたりする。その頃には僕の性欲はもうどこかに行ってしまっていて、正直、なんでこんな女の子と付き合っちゃったのかなあ、なんて後悔してたりもするのだ。

 彼女がちょっと出かけているとき、家でぼんやりと僕たちの卵を温めながら、僕はちょっとだけ妄想してみる。
 もしも僕らが哺乳類だったら、もうちょっと楽しい人生だったんじゃないかなあ、と。そんな妄想で時間をつぶすのは、僕の数少ない趣味のひとつなのだ。


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by AyatoSasaki | 2004-04-02 02:44 | 妄想日記