<日常>母のビデオ・ライブラリー。

 北朝鮮の刑務所では、今日も政治犯が「山移し」の労働を強いられている。
 右手に高々と積み上げられた石の山を、10メートルほど隣に移動させる作業だ。人の頭ほどもある石を政治犯たちは抱え、新しい山に積んでいく。そんな繰り返しが終わると、今度は左にできた新しい石の山を、もとあった場所に移し返るよう命ぜられる。延々繰り返される純粋に無意味な作業。やがて、政治犯たちの精神は回復不能なまでに蝕まれていく。

   *   *   *

 実家に帰ってまずさせられるのは、母のビデオ・ライブラリーの整理である。正月にプレゼントしたHDD&DVDレコーダーは、母の映像ライフを劇的に変えた。「全てのビデオテープをDVDに替えたら、この部屋はずいぶんすっきりするでしょうね!」と、母は居間に積まれたVHSビデオの山を見て夢見がちに言う。しかし何よりも残念でならないのは、VHSテープをDVDに焼き直す作業は、齢60に近付いた母には難しすぎる、という点だ。そしてなぜか、僕には簡単にその作業ができるのだと信じて疑っていない。

 さる情けない事情から実家にしばらく戻ってきている僕は、そんなわけで、母が寝静まった深夜にそのダビング作業を行う。色々あって、今の僕は母に頭が上がらないのだ。
 母の命より大切な「アル・パチーノ全作品ライブラリー」をHDDに落としこみ、適度にCMなどを落としてDVDに入れていく。3倍モードで録画されたそれらを、僕はだいたい一晩で一本のペースで片付ける。

 でも、と僕は作業を続けながら思う。
 DVD化したところで、母は多分そのほとんどを見ることなく死蔵するに違いない。それに、ほんとうに見たければTSUTAYAで借りて観たっていいのだ。母のライブラリーは要するに、秋のリスが苦労して溜めこんだ挙句どこに隠したか忘れてしまったひまわりの種のようなものなのだ。

 徒労。

 VHSテープは全部で200本以上ある。完成するのには毎日働いても8ヶ月以上かかる計算だ。

 徒労。精神がほんの少しだけ蝕まれているような感覚。

   *   *   *

 北朝鮮の刑務所では、今日も政治犯が「山移し」の労働を強いられている。
 海を隔てた自由で豊かで民主的な地で、彼らに強い共感を持ちながらリモコンのボタンを夜通し押し続ける男がいると知っても、彼らはまだ、自由と民主主義を希求する闘士でいられるのだろうか。
[PR]
by AyatoSasaki | 2004-03-31 05:28